大阪地方裁判所 平成4年(ワ)6161号 判決 1995年11月09日
原告
甲野一郎
右訴訟代理人弁護士
阪本政敬
同
豊蔵亮
同
岡豪敏
同
上原茂行
同
青木秀篤
同
佐田元眞巳
被告
A證券株式会社
右代表者代表取締役
高田吉夫
右訴訟代理人弁護士
宮﨑乾朗
同
大石和夫
同
玉井健一郎
同
板東秀明
同
京兼幸子
同
金斗福
同
辰田昌弘
同
関聖
同
岡本哲
宮﨑乾朗訴訟復代理人弁護士
水越尚子
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告に対し、金一八八五万〇四八〇円及び内金一六四六万〇四八〇円に対する平成二年一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
<冒頭省略>
一 争いのない事実
1 原告は、昭和六一年七月二五日から、被告大阪支店との間において株式売買等の取引を行っていたところ、原告の当時の取引担当者であった同支店従業員の乙村俊彦(以下「乙村」という。)との間において紛争が生じ、原告が株式売買等の取引によって被った損金の一部を被告が負担した。その後、原告と被告大阪支店との取引は当時の同支店営業課長丙谷康雄(以下、「丙谷」という。)が担当していた。
2 原告は、被告との間において、別紙原告ワラント取引一覧表記載のとおり、ワラント取引を行ったが、本件ワラント取引は丙谷の勧誘によりなされたものである。
二 争点
本件の争点は、本件ワラント取引について、被告の従業員の丙谷の勧誘行為に違法があり、被告が民法七〇九条又は七一五条によりその責任を負うか否かである。
1 (原告の主張)
(一) 本件ワラント取引に至る経緯等
(1) 丙谷は、平成元年末ころ、原告に対し、ワラントについてのパンフレットや資料を示すことなく、また、ワラントの性質やワラント取引の危険性等について説明せずに、「ワラントは少ない資金で多くの株式を動かせる。」「ワラントだと早く儲かる。」「ワラント取引をすれば原告が過去に被った損害を早く回収できる。」等と言って執拗にワラント購入を勧誘した。そのため、原告は本件ワラント取引を行った。
(2) また、丙谷は、本件ワラントの値動きについて、「何ポイントから何ポイントに動いている。」などと言うのみで、「ポイント」の意味や、当時の当該ワラントの購入価格が実際にはいくらなのかといった点についてはなんら説明せず、右勧誘の過程で、原告がワラントを社債に近いものと考え、少なくとも元本割れになることはないと誤解したにもかかわらず、適切な説明をして原告の誤解を正すことなく、本件ワラント取引後も原告に対して値動きや売り時についての情報提供をしなかった。
(3) 本件ワラント取引以前の別紙原告ワラント取引一覧表①記載のトーヨーサッシワラント五一の取引に際して、原告は、担当者の乙村から、ワラント取引についてのパンフレットを受領したが、ワラントの危険性等についての説明を受けたことはなかった。
(二) ワラント取引の危険性
ワラント取引には、その価格が株価の値動き以上に変動することによる危険性、株価が権利行使価格を下回った状態で推移した場合には売却及び権利の行使ができないことになる危険性、為替変動の影響による危険性及び相対取引による価格形成やその変動状態が不公正、不透明であることによる危険性がある。
(三) 丙谷による違法な勧誘行為
被告の従業員の丙谷には、本件ワラントの勧誘に際して、次のような違法な行為があった。
(1) 勧誘禁止の原則違反
丙谷は、次のような理由から、外貨建ワラントの取引につき、原告のような一般投資家を勧誘してはならない注意義務を負うにもかかわらず、これに違反して原告を勧誘した。
① ワラントに内在する勧誘禁止の原則
外貨建ワラントは極めて投機的な商品であり、かかる特質についての周知性が欠けており、流通市場の受入体制の整備が現在まで全く行われず、顧客が自己責任を果たし得る環境が充足されていないことからすると、ワラント取引は、取引システムに熟練し、十分な投資資金を有し、自ら十分な情報を収集し得る者、すなわち、独自の立場で証券会社と対等に取引をなし得る能力を有する者が、勧誘によることなく自ら望んで取引に参入するような場合にのみ許される。したがって、原告のような一般投資家を勧誘してはならないものである。
② 店頭取引であることから導かれる勧誘禁止の原則
外貨建ワラントは、証券会社と顧客との店頭取引(相対取引)によって売買される。市場を介さずに、証券会社が顧客と対立する立場で売買の一方当事者となって行われる店頭取引(相対取引)は、客観的に妥当な価格形成を欠き、情報の入手も困難で、不公正、不透明なものであり、また、ワラントは証券会社が一旦売却したものを当該証券会社が一定時期までに買い戻すことが予定され、証券会社と顧客との利益は常に相反することになるため、取引の客観性及び投資家保護のための格別の制度や規制が確立されない限り、その取引は、完全な自発的意思により購入する顧客にだけ許されるものであって、証券会社が取引を勧誘してはならない。
(2) 説明、確認義務違反
顧客に比べて、隔絶した能力を有し、顧客の信頼のもとに多大の利益を得ている証券会社は、顧客との取引にあたり、当該商品の内容を十分説明し、顧客がこれを理解したことを確認する義務を負う。
ワラント取引の危険性及びワラントは一般に周知性がないことからすれば、ワラントについての説明、確認義務は、他の商品に比して一層高度なものが要求され、特に一般投資家への販売では、以下の各事項の具体的な説明、確認が行われなければならない。
① ワラントは、一定期間内に一定価格で一定数の新株を購入できる権利を表章する証券であること
② 当該ワラントの権利行使価格、権利行使による取得株数及び権利行使の期間
③ ワラントの価格変動が激しく、無価値になることすらありうる危険性の高い商品であること
④ 価格に関して取得し得る情報の内容やその入手方法
⑤ 購入、売却ともに証券会社との相対取引になること
また、株価の下落傾向が明らかになった平成二年二月の時点において、ワラントの価格が下落していること及びワラントには権利行使期限があることを原告に熟知させる義務、取引後においても、ワラントの価格や市場動向等の最新情報を提供する義務及び顧客が権利行使期限を経過すれば無価値になるという点について正確に理解しているかどうかを再度確認すべき義務を負う。
ところが、丙谷は本件ワラント取引において、原告に対して外貨建ワラントについての具体的説明を全くなさず、取引後も何らの情報も与えず、確認もしなかった。
(3) 虚偽表示、誤解を生ぜしめる表示
証券取引法五〇条一項五号(平成四年改正前)、証券会社の健全性に関する省令(以下「健全性省令」という。)一条一号(平成四年改正前)は、証券会社又はその役員若しくはその使用人が、有価証券取引一般に関して虚偽の表示及び重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき表示をする行為を禁止し、また、証券取引法五八条二号(平成四年改正前)も右同様の行為を禁止しているところ、右の表示には、積極的表示のみでなく、投資判断に重大な影響を及ぼす事項について必要な表示を欠く不作為も含まれ、これに違反する行為は違法である。
丙谷は、これらの規定に違反して、原告の無知に乗じて前記のとおり欺罔的勧誘を行ったため、原告をしてワラントが株式、転換社債等の他の商品と同じようなものと誤信させた。
(4) 適合性の原則違反
専門的能力を有し、顧客に対して忠実義務、善管義務を負う証券会社は、勧誘にあたって、顧客の能力、経験、資力等の適合性を慎重にチェックしたうえで顧客に適合した取引への勧誘のみをなすべき義務を負う。
当該取引に適合する条件を具備しない顧客を取引に参入させることは、当該取引への自己責任の原則の適用を不可能ならしめるものである。ワラントの問題点及びワラント取引については市場や顧客保護規定の整備等がなされていないことからして、ワラント取引につき適合性が認められるのは自ら独自に情報を収集する能力、危険性を負担する資力と経験を有するプロの投資家のみであって、原告のような一般投資家は適合性をもたない。
また、ワラントはその価格変動の激しさによる高度の危険性を有するため、他の商品への分散投資によるリスクヘッジを必要とする商品であって、当該顧客の投資可能金額に比して、回数や金額において過当なワラント購入の勧誘は、適合性の原則に違反し、違法である。
丙谷が、一般投資家にすぎない原告に対し、過当な本件ワラントの購入を勧誘した行為は、適合性の原則に違反する。
(5) 断定的判断の提供
証券取引法五〇条一項一号は、証券取引一般に関して、証券会社又はその役員若しくは使用人がその価格が騰貴し、又は下落することについての断定的判断を提供することを禁止している。
顧客に比して隔絶した専門的知識、能力、豊富な情報網を有する証券会社が、断定的判断を提供して顧客を特定銘柄の取引に勧誘する場合には、もはや自己責任の原則は適用できず、かかる証券会社又はその使用人の行為は違法である。
丙谷の前記勧誘行為は断定的判断の提供に該当する。
(四) 被告の責任
(1) 被告は、前記のような企業活動によって原告の権利を違法に侵害したものであるから、民法七〇九条により、不法行為責任を負う。
(2) 丙谷は、被告の社員であり、丙谷の前記のような違法な勧誘行為は、被告の事業の執行につきなされたものであるから被告は民法七一五条の使用者責任を負う。
(五) 損害
原告は丙谷の右のような違法な勧誘行為により、本件ワラント取引の買付代金額合計一六四六万〇四八〇円及び弁護士費用二三九万円相当の損害を被った。
2 (被告の主張)
(一) 本件ワラント取引に至る経緯
原告と被告とのワラント取引は、別紙原告ワラント取引一覧表のとおりであるところ、右取引を勧誘した乙村及び丙谷は、原告に対し、ワラントの商品内容、危険性、権利行使期限が経過すると無価値となること等を十分説明した。また、乙村及び丙谷は、原告主張のような説明をしたことはない。
(二) ワラント取引の危険性に対して
(1) 価格変動が大きいことについて
ワラントの価格はハイリスク・ハイリターンに推移するが、株価が下落してもその損失は投資額に限定され、これは株主の有限責任と同一であり、株式投資の本質的原則に属するものである。
(2) 権利行使できないことによる危険性について
ワラントの行使期限は発行時に決定された条件として性質上当然に予想されることであり、保有者の予想しえない時期、内容において無価値の事態が生じるものではない。
(3) 為替相場の影響について
外貨建ワラントの売買約定代金は、約定当日の為替相場により若干の影響を受けるが、為替変動の幅はわずかであり、また為替レートは各種報道により容易に知り得るものである。
(4) 価格形成について
新株引受権付社債制度が導入された後、流通市場の整備が進められており、少なくとも制度発足後取引環境が未整備のまま新株引受権付社債が取引されたという事実は存しない。
(5) ワラント投資の利点
ワラント取引には少額資金による投資の可能性があること、高収益性があること、リスクが限定されていること、中長期的投資性があることなどの利点がある。
(三) 丙谷による違法な勧誘行為の主張に対して
(1) 勧誘禁止の原則違反の主張について
新株引受権付社債制度が導入された後、その流通市場の整備が進められており、制度発足後取引環境が未整備のままでワラントが取引された事実は存しない。
(2) 説明、確認義務違反の主張について
ワラント取引について、証券会社の従業員が顧客に対し、商品の内容、性格等につき説明すべき義務が存在するとしても、その内容は、個々の顧客の投資経験、知識、判断能力などに応じて異なる個別的、相対的なものであるところ、乙村は原告に対して、口頭及びパンフレットに基づいてワラントの商品性格、ワラントの値動きが激しいこと、権利行使期限が経過すれば無価値となること及び勧誘にかかるワラントの権利行使価格、権利行使期限等を説明したから、原告はワラントがいかなるものかを熟知していたし、丙谷も重ねてワラント取引の危険性について十分説明した。また、証券会社の従業員において、顧客がこれらの事項について理解しているかどうかを確認する義務が存するとしても、乙村は、ワラントの商品性格について説明したうえで、原告からワラント取引に関する確認書の提出を受けているから、被告としてなし得ることは尽くした。
さらに、各ワラントの権利行使期限及び権利行使期限が経過すれば無価値となることについて、各担当者による口頭の説明、ワラント取引に関するパンフレットや説明書、取引報告書、取引明細書及び預り証により知らせており、また、丙谷は、本件ワラント取引後も、最低一か月に一回は連絡して原告にワラントの時価を報告した。
なお、被告の従業員には、原告がワラントの権利行使期限を過ぎれば無価値になるという点について理解しているかどうかを確認する義務までは存しない。
(3) 虚偽表示、誤解を生ぜしめる表示の主張について
乙村及び丙谷はワラントの商品性格及び危険性等について十分説明しており、虚偽表示、誤解を生ぜしめる表示を行ったことはない。
(4) 適合性原則違反の主張について
原告はワラント取引開始までに複数の証券会社との証券取引の経験があり、しかも株式信用取引、国債先物取引など危険性の高い取引も経験しており、また、本件ワラント取引一以前に被告から既に三銘柄のワラントを購入し、本件ワラント取引二以前に被告に対し二銘柄のワラントを売却していたから、本件ワラント取引以前においてワラントがいかなるものかを熟知していた。また、原告は、証券に限っても約四〇〇〇万円もの資産を有し、複数の証券会社と取引を行うなど証券取引に対する熱意も十分であり、ワラント取引に適合する顧客である。
(5) 断定的判断の提供の主張に対して
丙谷は、価格変動に影響する可能性のある合理的根拠に基づいて本件ワラント取引を勧誘したものであり、断定的判断の提供を行ったことはない。
第三 争点に対する判断
一 原告の証券取引の経験及び資産並びに本件ワラント取引に至る経緯等について
<証拠略>によれば、以下の事実が認められる。
1 原告の投資経験及び資産
(一) 原告は、昭和五八年一一月からB証券との間で、昭和五九年二月からC証券との間で証券取引を開始した。B証券との取引においては、昭和六三年一二月から外国証券の取引を開始し、C証券との取引においては、昭和六〇年八月から外国証券の取引を、同年一二月から国債先物取引を、昭和六一年三月から信用取引を行っており、本件ワラント取引当時は被告を含め、三社との取引を並行して行っていた。
(二) 原告は、被告との取引を開始した昭和六一年七月ころには、C証券に約四〇〇〇万円相当の有価証券を預託していた。
2 本件ワラント取引以前の被告との取引
(一) 原告は、昭和六一年七月二九日、住友化学工業の株式二〇〇〇株の買付を行ったのを契機として、乙村を取引担当者として被告大阪支店との取引を開始した。
また、原告は、昭和六二年四月二日のポラロイドの株式の購入以降、外国証券の取引も行っていた。
(二) 乙村は、昭和六三年四月二七日午後七時ころ、原告に対して電話で約二〇分から二五分の時間をかけて、別紙原告ワラント取引一覧表記載①のトーヨーサッシワラント五一を勧誘した。勧誘にあたって乙村は、ワラントが予め決められた期間内に新株を買うことのできる権利であるとワラントの定義を述べた上、権利行使価格と権利行使期間が予め決められており、権利を行使するときには、この権利行使期間内に権利行使価格を支払って新株を購入することになり、権利行使期間内に権利を行使するか、ワラントを売却しなければ、権利が消滅するとワラントの仕組みを説明した。そして、勧誘にかかるトーヨーサッシワラント五一の権利行使価格、トーヨーサッシの当時の株価、トーヨーサッシワラント五一の権利行使期限である昭和六七年六月一六日までに売却しないと権利が消滅する旨説明した。さらに、乙村は、原告に対し、株価の上昇率よりもワラントの上昇率のほうが大きく、早く儲かる可能性があるが、リスクも大きく危険性があること、トーヨーサッシワラント五一は外貨建であり、固定為替が予め決められているので、為替相場の影響を受けること、ワラントの価格はポイントで表示されること及びトーヨーサッシワラント五一の当時の価格について説明したところ、原告はこれを買い付ける旨の返答をした。
(三) 昭和六三年四月二八日午後七時ころ、乙村は、約定成立の報告を兼ねて「外貨建ワラント・その魅力とポイント」と題するパンフレットを持参して原告方を訪問し、右パンフレットに基づいて改めてワラントについて、その基本的な商品性格、取引の方法、価格決定の仕組み、株式の取引との比較においてワラント取引がハイリスク・ハイリターンであること、行使期限が過ぎたワラントは当然売却することも権利行使することもできなくなり、無価値になることを説明し、右パンフレットの末尾に綴じ込まれている説明書の内容を確認し、顧客の判断と責任においてワラント取引を行う旨記載されたワラント取引に関する確認書に原告の署名捺印を得たうえ、これを切り離して、その交付を受けた。
右パンフレットには、ワラント取引についての概要のほか、ワラント取引がハイリスク・ハイリターンであること、権利行使期限が過ぎるとワラントは無価値になることなどが記載されていた。
(四) 原告は、乙村の勧誘により、昭和六三年五月九日、石原産業ワラント三一を二一三万〇一〇〇円で(別紙原告ワラント取引一覧表記載②)、同月一一日に石原産業ワラント三一を二三七万一二〇〇円で(別紙原告ワラント取引一覧表記載③)、同月一二日に石原産業株式一万株を七九六万一六七五円で各買い付けた。
(五) 原告は、同年七月二一日、トーヨーサッシワラント五一を売却し(別紙原告ワラント取引一覧表記載①)、三六三万円余りの損失を、同月二七日に石原産業ワラント三一を全部売却し(別紙原告ワラント取引一覧表記載②③)、一〇八万円余りの損失をそれぞれ被った。
また、同日、原告は石原産業株式も売却し、約九七万円余りの損失を被った。
(六) 原告は、同年七月一五日に被告との間において、信用取引口座を設定し、同日から信用取引を開始したが、平成元年一月ころ、右信用取引で約一〇〇〇万円の損金が生じたことにつき紛争が発生し、乙村が、この損金を個人的に補償することを内容とする書面を作成したため、被告が原告に八五〇万円を支払うことにより、この紛争は解決した。
(七) 平成元年三月ころから原告との取引担当者は丙谷に替わったが、丙谷は、原告と乙村との間において紛争があったことを引き継ぎの時に知らされていた。
3 本件ワラント取引及びその後の経緯
(一) 丙谷は、平成元年一二月四日夜、原告に対して、電話でニチメンワラント七五の買付けを勧誘した際、ワラントは新株を引受けることのできる権利であるが、株価よりもその価格上昇の割合が大きく、株価に対して三倍程度の値上がりがあるが、その逆もあるリスクの高い商品であり、権利行使期限まで保有しているとそれ以降は価値がなくなることを説明し、ニチメンワラント七五の権利行使期限、権利行使価格、ニチメンの当時の株価を告げたところ、原告はこれを買い受ける旨返答した。右ワラントの購入の資金としては当時原告が保有していた宇部興産の株式一万株と理研電線の株式二〇〇〇株の売却代金をもって充てることとなり、原告は、同月一二日、右ワラントを買い付けた(別紙原告ワラント取引一覧表記載④)。
(二) 原告は、平成二年一月四日、丙谷の勧めによって、ニチメンワラント七五を売却し、これにより一五一万円余りの利益を得た(別紙原告ワラント取引一覧表記載④)。
(三) 原告は、同月五日、トーメンワラント〇八を丙谷の勧誘により買い付けた(本件ワラント取引一)。
(四) その後、原告は丙谷の勧誘により、別紙原告ワラント取引一覧表記載⑥及び⑦のワラントを購入し、同月一〇日には京セラワラント二六の売却により、二一万円余りの利益を、同月一一日には阪和興業ワラント五五の売却により八万円余りの利益をそれぞれ得た。
(五) 同月一一日、原告は丙谷の勧誘により、大日本スクリーンワラント九一を買い付けた(本件ワラント取引二)。
(六) 本件ワラント取引後、原告には、その約定日の翌営業日に被告から外国証券取引報告書が送付され、丙谷から各取引の受渡し時に取引明細書及び預り証が交付された。外国証券取引報告書及び取引明細書には「権利最終」の記載の後に、当該ワラントの権利行使期限が年月日をもって記載されており、預り証にはその備考欄に当該ワラントの権行使期限が年月日をもって記載され、さらに「以降無効」との記載がなされていた。
また、丙谷は、本件ワラント取引後も、買付けにかかるワラントの時価について、その単価(ポイント)を原告に知らせていた。
二 ワラントの特質について
<証拠略>によると、以下の事実が認められる。
1 ワラントは分離型の新株引受権付社債(以下「ワラント債」という。)から分離された新株引受権及びこれを表章する証券を指称するものであり、予め定められた権利行使期間内に、予め定められた権利行使価格をワラント債発行会社に支払うことによって、予め定められた新株の発行を受けるものであるから、ワラント債発行会社の株価が権利行使価格を上回っている場合にその権利を行使して現在の株価よりも低い価格を払い込むことによって、当該株式を取得できる点に価値があるため、ワラントの価格は理論的には、新株引受権を行使することによって得られる利益相当額、すなわち当該ワラント債発行会社の現在の株価から権利行使価格を差し引いた額を基準に決定されるが、現実には、将来における株価の上昇が見込まれる場合には、その株価上昇の期待値が付加された価格で取引され、外貨建の場合にはさらに為替相場の影響を受ける。
しかし、為替相場の影響については、外国株式でも同様であって、ワラントに特有のものとはいい難い。
2 一般的にワラントの価格は株価の変動に伴って、その数倍の幅で変動する傾向があるため、比較的少額の投資で高い利益を得ることができる反面、値下がりも激しく、損失を受ける危険も大きく、この意味においてワラント取引は株式取引との比較においてハイリターンであるとともにハイリスクな取引である。
しかし、株価が下落した場合においても損失は当初の買付額に限定される。
3 ワラント取引において利益を得るためには、ワラントをその購入価格以上の価格で売却するか、株価が権利行使価格を超えて高い水準になったときに新株引受権を行使して新株を取得し、これを売却することになるが、購入後にワラント価格又は株価が上昇せず、また、今後も上昇する見込みがない場合にはその可能性はほとんどなく、株価が権利行使価格以下の価格となって、権利行使期限内に再び権利行使価格を上回るとの期待が存しない場合にはワラントは無価値となり、権利行使期限の経過によって権利は消滅して無価値で確定する。
三 勧誘禁止の原則違反の主張について
原告は、ワラント取引に関する流通市場の受入体制の整備が不十分であることを理由としてワラントを一般投資家に勧誘すること自体が違法であると主張するが、本件ワラント取引当時における流通市場の受入体制の整備が原告主張のような状況にあったことを認めるに足りる証拠はない。
また、証券取引法においても分離型ワラントの個人投資家への販売が禁止されているわけではなく、法律上もワラント取引の当事者を限定することは予定されていないこと、前記二で認定したとおり、ワラント取引においては価格下落の場合には株価よりもその変動が大きく、権利行使期限を経過すると権利が消滅するという危険性がある一方で、投資効率の高さから価格上昇期には株価以上の上昇によって高い投資効果を収めるうえ、価格下落の場合でも損失が投資金額に限定されるという特質を有する商品であって、投資効率と危険性との均衡を失した取引とはいえないことからすれば、一般投資家であっても、その資産、経験、意向等に適合したものであって、適切な説明をしたうえでの勧誘までを禁止すべき理由はなく、ワラントを一般投資家に勧誘すること自体が直ちに違法であると認めることはできない。
さらに、原告は、外貨建ワラントは、証券会社との店頭取引(相対取引)によって売買されるところ、店頭取引は価格形成の客観性がなく、不公正、不透明であるため、その勧誘は行われるべきではないと主張するが、外貨建ワラントの価格形成が一律に一般投資家への勧誘を禁止する必要がある程度に不公正、不透明なものであると認めるに足りる証拠はない。
よって、勧誘禁止の原則違反の主張は理由がない。
四 丙谷による本件ワラント取引についての具体的勧誘行為の違法の主張について
1 一般に、証券取引は、本来その危険性が伴うものであり、また、証券会社が投資家に提供する情報、助言等もその時の経済情勢や政治状況等の不確定な要素をもとになされるものであるから、投資家自身において、右情報等を参考にして、自らの責任で当該取引の危険性の有無、程度、さらには自己の有する資産等を十分考慮して、当該取引に参加すべきか否かについて判断すべきであって、このことは、本件のようなワラントの取引においても妥当するものといわなければならない。
しかしながら、証券会社と投資家との間では、証券取引についての知識、情報に量的、質的な差があり、しかも、証券会社が投資家に対し、投資商品を提供することによって利益を得るという立場にあることからすれば、証券取引の専門家としての証券会社の従業員による情報の提供、助言等を信頼して証券取引を行う投資家の保護を図る必要性もあるところ、証券会社又はその役員若しくは使用人による断定的判断の提供、虚偽の表示又は重要な事項について誤解を生ぜしめる表示等を禁止した証券取引法五〇条一項一号、同五号(平成四年改正前)、健全性省令一条一項一号(平成四年改正前)、重要な事項についての虚偽の表示又は誤解を生じさせないために必要な重要な事実の表示が欠けている文書等を使用して金銭等を取得することを禁止した証券取引法五八条二号(平成四年改正前)、証券会社において投資家が不測の損害を被らないために配慮すべき事項を定めた大蔵省証券局長通達、日本証券業協会の規則(公正慣習規則)などは、公法上の取締法規又はその目的達成のための行政通達あるいは業界団体の自主的規制としての性質を有するものであるから、証券会社の顧客に対する投資勧誘行為がこれらの定めに違反したからといって直ちに私法上も違法であるということはできないが、右のような投資家保護の要請とこれを具体化した右各法令等の趣旨からすれば、証券会社が投資家に投資商品を勧誘する場合には、投資家に対して、虚偽の情報又は断定的判断を提供するなどして、投資家が当該証券取引に伴う危険性についての的確な認識や投資判断の形成を行うのを妨げてはならないし、ワラントは前記のとおり、取引に伴う危険性が高い商品であるから、その購入を勧誘する場合には、当該投資家の投資に対する知識、経験、判断能力等に応じて、信義則上、投資についての意思決定に当たって不可欠な当該取引に伴う危険性等について説明すべき注意義務を負うことがあるし、また、証券会社において知り得る当該投資家の投資目的、財産状態及び投資経験等に照らして明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなどして、社会的相当性を欠く手段又は方法によって不当に当該取引への投資を勧誘することを回避すべき注意義務があると解するのが相当である。そして、右注意義務に違反する勧誘行為は社会的相当性を逸脱し、私法上も違法なものとして不法行為を構成するものというべきである。
2 そこで、丙谷による本件ワラント取引についての具体的勧誘行為が違法であるか否かについて検討する。
(一) 説明、確認義務違反について
前記一認定のとおり、原告は、本件ワラント取引以前の昭和五八年一一月ころから複数の証券会社との間において証券取引を行っていて投資経験と知識を相当程度有していたこと、乙村は、原告に対し最初のワラント取引の勧誘にあたって、ワラントの商品内容やワラント取引の危険性について十分説明していること、乙村が原告に交付したパンフレットにはワラントの商品内容やワラント取引の危険性についての説明が記載されており、原告がこれを一読することによってワラント取引の概要、取引の危険性については一応理解し得る内容のものであったこと、原告は、乙村が取引を担当したトーヨーサッシ五一と石原産業三一のワラント取引(別紙原告ワラント取引一覧表記載①ないし③)により約四七〇万円の損失を被り、特に石原産業ワラント三一の取引に関しては、同銘柄の株式をほぼ同時期に買い付け、これを同じ日に売却したことにより、株式取引よりも大きい損失を被ったことによって、少なくともこの時期以降はワラントの価格変動及びそれに伴う危険性が大きいことについての認識は十分であったと考えられること等からすれば、本件ワラント取引当時において、原告は、その取引の対象であるワラントの商品内容及びワラント取引の危険性について十分な知識を有していたと認められる。また、丙谷は、前記一認定のとおり、本件ワラントの勧誘に際して、再度ワラントの商品内容及びワラント取引の危険性について説明している。
したがって、丙谷の勧誘に説明義務違反があったということはできない(なお、原告は、丙谷に平成二年二月の時点においてワラントの価格が下落していること及びワラントには権利行使期間があることを熟知させる義務、権利行使期間を経過すれば無価値になることを正確に理解しているか等の確認義務まであると主張するが、その根拠は認め難い。)。
また、前記一認定のとおり、本件取引後、丙谷は本件ワラントの時価について原告に報告していたから、この点についての情報を提供する義務の違反もない。
なお、原告は、乙村及び丙谷は、ワラントを勧誘するに際して、ワラントの商品内容及び危険性について説明しなかった旨供述するが、右供述は曖昧かつ不自然なものであって、にわかに措信し難い。
よって、説明、確認義務違反の主張は理由がない。
(二) 虚偽表示、誤解を生ぜしめる表示及び断定的判断の提供について
丙谷の本件ワラント取引の勧誘行為については前記一認定のとおりであり、また、前掲証拠によれば、丙谷は、本件ワラント取引の勧誘に際して、当該銘柄に関する情報を総合して、利益が期待できる旨説明したにすぎないことが認められるから、丙谷が、虚偽の事実を告げたり、ワラントを転換社債等他の商品と誤解させるような行為をなしたり、あるいは、断定的判断を提供したものとは認め難い。
よって、虚偽表示、誤解を生ぜしめる表示及び断定的判断の提供の主張はいずれも理由がない。
(三) 適合性の原則違反
ワラントは前記二認定のとおり、価格下落傾向にある場合にはその損失が大きくなり、最終的には投資金額全額を失う危険性があるが、その反面において、比較的少額の資金をもって、株式取引と同様の利益を得ることが可能であることからすれば、個々の投資家の資産、経験、意向等に照らし、明らかに過大な数量の取引とならない以上、一般投資家がワラント取引一般について適合性に欠けるものとは言えない。
そして、前記認定一のとおり、本件ワラント取引当時、原告は、少なくとも四〇〇〇万円の株式を保有しており、また本件ワラント取引までに三つの証券会社との間において並行して証券取引を行い、六年以上の証券取引の経験があること、本件ワラント取引一以前に、三銘柄のワラント取引を行い、その結果、損失を被り、また、利益を得たりもしていること、信用取引や国債先物取引等の危険性の高い取引の経験があることもあり、大きな損失を被る危険性の高い取引についても投資の意向を有していたことが認められる。
したがって、本件ワラント取引は、原告にとって、明らかに過大な取引であったとは認めることはできず、丙谷の本件ワラント取引についての勧誘行為が適合性の原則に違反した違法なものであるということはできない。
よって、適合性の原則違反の主張は理由がない。
五 以上のとおりであるから丙谷の本件ワラント取引についての勧誘行為が違法であると認めることはできない。
よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大谷正治 裁判官牧賢二 裁判官中田幹人)
別紙原告ワラント取引一覧表<省略>